あいたッ! | 疼!

いま私の両足のスネには
おおきなアザがある

階段でビターンっっと
転んだから

ああいうとき
現場を見てしまった
第三者の気まずさも
気の毒である。。

自分の家では
棚の上のものを取ろうと
ダメなやつをひっぱって落下物が直撃

ヒジを負傷するという
自分も器用だね!と感心するほど

昔からよくあることで
小学校の運動会では
血にまみれのフォークダンスだった
(競技に関係ないところでアゴを割っていた)

走り幅跳びの大会では
三回とも砂場の向こう側まで
走り抜けてしまった

審査員さんも
とりあえず飛んでくれさえすれば
なんとか計測してあげられたのに!と
悔しがる始末

第三者も
気の毒である。。

まっすぐ突き抜けるだけじゃ
だめなの?

みなさまも
ケガにはお気をつけくださいませ

きっと良い人 | 應該是一個好人

きっと良い人
根は悪くない
と良くいうけれど

よくよく考えてみれば
本当に悪意のある人のほうが
すごい少ないのになと
ふと思いました

本当に悪い人よりも
きっと良い人なんだけど、、、という
一見セーフティーなところで問題は起こる

そんなことを考えていたら
吉田修一さん原作の「悪人」を
思いだしました

ほんとに悪い人って
ほんとに良い人って
何なのかなぁ

すくなくとも
無償でないものは
不純物が混ざっているような
気がしてならないのです

そんな
今日のひとり言

十中八九のライブへ行ってきました | 十中八九

福島県いわき市の
ビッグバンド『十中八九』の
初都内ワンマンライブを観に
吉祥寺スターパインズカフェへ

ダンドリストは渋さ知らズの不破大輔さん
ボーカルはオリティーこと織内竜生さん
ライブペインティングはユアサミズキさん

そしてビッグバンドメンバーはみなさん
いわき市のミュージシャン!という感動です

元を辿っていくと
十中八九を一番最初に知ったのは
いわき市内の楽器屋だった

レジ横にあったフライヤーが
なんだか気になって持ち帰ったら
それが十中八九だったのだ

十中八九には
引力がある

ライブを観れたのは
今日が初だったけれど

すごくエンターテイメントなのに
ドキュメンタリーを観ているような
感覚になり

アンコールのラストでは
ユアサさんのライブペインティングに
泣きそうになってしまった、、、

愛を感じるラストでした

そして
念願のオリティー&十中八九ァーズの
CDを入手してさっそく聴いている

日本テイストだけどファンクで
お医者さんだけどオリティーで
作る曲は変拍子
音も才もとにかく多彩だ

先生の言葉 | 漢語老師的話

先生はどうやって
会得したんですか??と
聞いてみたところ

ちんたらやってた時もあるけど
勉強すること
一番大事なのは続けることだと
回答をいただく

そうだよなぁ、、
じゃないとその先はないです

それと同時に
一生なんてあっという間だよっと
先生は言う

続けないのは終わりだけれど
ちんたらやっていたら
一生かかっても辿り着けないのだ

先生の励みのお言葉
いただきました

横がだめなら上がある | 有上边

「折り合いをつける」
という言葉がある

はじめてしみじみと考えた時
大人な言葉だなあと思った

ゆずらないといけないこと
折れないといけないこと
人の数だけ言い分がある

そんな色んなやり切れなさが
「折り合いをつける」
の後ろにみえ隠れする

白黒をつけようとするから
ぶつかるんだよと
時にはグレーでいることも
大切だよと
教えてもらったことがある

それでもやっぱり
ゆずれないものは
どこまでいっても
ゆずれないし

イヤなものは
どこまでいっても
やっぱりイヤなもので
曖昧にはなってくれない

そんなこんなで
ゴツゴツ障害物に頭をぶつけていた時
ふと上があるじゃないか!と
思った

ぶつかる壁と
同じ目線でいることないさ
それなら上を目指してゆこう
そんな風に思った

ヴィンセントファンのうた | 方文山的詩歌

台湾のアーティスト”ジェイ・チョウ”の
作詞もたくさん手掛けている
“ヴィンセント・ファン(方文山)”

彼の詩をもっと
わかるようになりたくて
中国語勉強中だ

ネイティブの方でも解釈がむずかしくて
台湾の東大と言われる大学の
入試試験にも使われたそうだ

なので和訳すると
どうしてもずれを感じる

そんな中でも
ある一節がすごく気になった

「菊花台」という歌の一節で

“愁莫渡江 秋心折兩半”

憂いて河を渡らないで
心がふたつに引き裂かれる

このフレーズのなかで
愁という漢字が引き裂かれて
秋と心になっているのだ

わあ、、、!
である

その感性が好きになった

驚きもあった

わかりづらい詩なのに
音楽界の第一線で
受け容れられている
ということと

日本で言う
ワビ サビ みたいな感覚が
台湾にもある
ということ

それはちょっと感動的だ

もっと理解できれば
もっと深く感動するんだろうな

はやくそうなりたい

こころめし | 心飯

昭和ノスタルジックの香りがする
喫茶店をみつけて
通りすがりで入ってみた

ぎぎぃっと軋む木の扉を開けると
優しそうなおじさまマスターが
迎えてくれた

うす暗い店内には
でーんっと電話ボックスがあって
10円公衆電話がみょうに馴染む空気だ

裏切らないメニューが
うれしかった

ナポリタン
カレー
ピザトースト、、、

ハイカラ!

おひとりさまの
お客さんが多いなか
同級会とおぼしき
おばあちゃま達のグループがいた

カラカラと転がるように
笑い声が華やかで
ご年輩の女性は
ほんとに明るい方が多い

そういうの
すてきだなぁって思う

ある時をすぎると
少女に回帰してゆくみたいだ

しばし待っていると
注文のグラタンが到着

音楽とおんなじで
メロディーや味の向こうに
懐かしさがいた

ノスタルジックは
心のご飯みたいだ

すこししか居られなかったけれど
心がぷくりと膨らんだ瞬間

ごちそうさまでした

盗っ人は誰だ! | 誰是小偷!

仲間といってた人が
アイディアを盗んで去って行った

見えないものは
たちが悪い

けど思う

盗んだものは
所詮 ニセモノ

失くしたものは
必要ないもの
だったんだ

だから
まっすぐ行こう!
最後には本物がのこるから

春の特性 | 春天的特点

今日の風にのって
軽音楽部のバンド練習の音と
桜の花びらが飛んできた

新入生歓迎コンパの季節だなと
思い出す

そしてなぜか
桜の花びらのなか校門前で
記念写真を撮る坊ちゃんの姿が
脳裏にうかぶ

どこの坊ちゃんかも知らないけれど。。。

この季節の風景は
ドラマチックということだ

はじまりとおわりが
わくわくとドキドキが
ミックスになって

なんだか胸の奥が
ムズがゆい

土のなかから
ツクシが生えてくるみたいに
ムズムズするのだ

ここ数日
そんな春の特性に
感化されてます

今年はいい季節になるといいね

あなたを見つけてくれる人 | 櫻桃樹

春になると
あれは桜だったんだと
正体をあらわす樹がある

そうしてまた
景色に埋もれる
ただの樹になってしまう

ぱっと咲いて
ぱっと散る

それ以外に
なにがあるの?と
ツンとしながら 笑

そしていつか
見つけてくれる人が
いるはずだ

桜が桜であるように
自分は自分であるように
ただ咲くだけ

突き抜けるがいい | 突破

Jack Whiteの新譜が出た!ので
くりかえし聴いている

歪んでるなあ

イビツだなあ

かっこいいな

風刺画みたいな毒も感じつつ
ラストの曲にはおもわず笑ってしまった

良くしようとすると
丸く丸く整えようとしがちだけれど

でもそうじゃなくて
やっぱり突き抜けるがいい

親愛をこめて
奇才クレイジーからの
ギフトが届きました

春の君はどこへ行く | 春天你去哪裡

先日は
春彼岸のお墓まいりへ

お願いごとを
ついついしてしまいそうだけれだ
ぐっとこらえて
手を合わせてきました

彼の岸と此の岸は
遠くて近くて
近くて遠い

また今度ねと
手を振りわかれて
君はあなたはどこへ行く

cocoroageで旅をする

2015年にcocoroageを
立ち上げた

ボーカル&ギターの私と
パーカッショニストの中村順一さんと

アコースティックギターと
パーカッションの
打点+打点という
むずかしい組み合わせも
やっぱり面白かった

ちょっとズレるだけで
バラバラになってしまい
ごまかすこともできない

私がよくライブで言っていた
“中村さんは宇宙一の
パーカッショニスト”というのは
真実なのだ

そして今回cocoroageは
ユニットの章に幕をひいて
新しい第二幕へ前進することを決めた

cocoroageは
母体のようなもので
ユニット名だけにとどまらない

だからこのホームページアドレスも
cocoroageのままにしたい

母船のような
おっきいイメージなのだ

cocoroageと出逢ってくれて
ほんとうにありがとう

そしてまた
同じcocoroageのクルーとして
一緒に旅をしてくれたら
そんな嬉しいことはないです

谷保玲奈展 | 共鳴 in 横浜美術館へ行ってきました

昨日3/17からはじまった
谷保玲奈展”共鳴”を観てきました

観てきた というより
体感してきた のほうが
正しいような気がします

玲奈ちゃんの作品が大好きで
パノラマ』のジャケットイメージにも
使わせていただいているのですが

個展タイトルにもなっている
新作の“共鳴”は
これ以上あったのかと思うほど
もっとぐっと好きになりました

玲奈ちゃんの絵を目の前にすると
キャンパスから息づく生命を感じるんですが

今回の“共鳴”は
そこにさらに
重力が誕生していました

美術館ホームページにも
掲載されている作品ですが
実際に出逢ったときの衝撃は
予想すらしていないものでした

個展は4/22まで
横浜美術館にて開催中です

まだ観たことがないというかた
横浜にお越しの際は
ぜひ出逢うべきです(笑

大好きな場所 赤坂『アンベ・クアトロ』

とても久しぶりに
赤坂『アンベ・クアトロ』へ

すごくご無沙汰してしまったけれど
ご挨拶へ行ってきた
今日はマスターのお別れ会だった

懐かしい木製のドアを開けると
ママが笑顔で迎えてくれた

あまりに澄んだ笑顔だったから
私だと分からないんじゃないか?!と
馬鹿みたいに丁寧に名乗ると

すると
「覚えてますよ!」と言って
ママがまた笑った

満杯の店内の奥には
マスターの写真が飾られていて
その裏から何事もなかったように
マスターが出てきてくれそうな気がした

「コモエスタ赤坂」で知られる
ロス・インディオスの
元リーダーでもある萩原マスター

マスターでもあり
ミュージシャンでもあり
お店を運営しては
閉店後には楽譜を直していた

出逢えたとき
私はいろいろと弱っていて

“ダメ出ししないでください!
いまは言われると
きっと立ち直れない!”と言うと(笑
マスターは一生懸命褒めてくれた

共演までさせていただいて
すごく優しくしていただいた

そんなマスターやママのお人柄が
アンベ・クアトロだ

お店の名前ではなく
場所の名前ではなく

アンベ・クアトロは
マスターとママなのだ

だから
アンベに集まる人はみんな
どこかあったかくて
どこか底抜けていた

えらい人も
先生とよばれる人も
ただの自分にかえれる
そんな場所だ

3/20からお店も
再開されるとのこと

またマスターにママに
逢いに行かなくちゃ

始まれば終わるんだ

どんなつらいことも
始まってしまえば
いつか必ず終わる

楽しいことも
おなじように

この間何気ない会話のなかで
「始まれば終わるんだ」と
いった人がいた

当たり前のような言葉だけど
心に残ってしまった

その後に続く言葉があるのなら

“だから がんばれ”
かもしれない

“だから たのしめ”
かもしれない

ふっとうつむいた頭を
上向かせてくれる言葉だなと
おもった

どんなつらいことも
どんな楽しいことも
めいっぱい

だから生きるの

あなたを忘れたんじゃない
もう壊れてしまいそうで
振り返ることをやめただけ

あなたを忘れたんじゃない
ずっとそばにいられなくて
ごめんね

あなたを忘れてなんてない
だから今日も
だから明日も

今日の苦味も隠し味

「今朝ウグイスが鳴いててさあ」

そんな爛漫な唄い出しが

大将との初対面の会話だった

そんなゆるさのある大将は

森の向こうを見ているような人で

その中の一本の木の枝が

折れていたって気にしない

余裕を感じさせる人だった

そんな大将の昔話で

同僚と酔いつぶれて

シャッターのしまった駅前で野宿した

ニガイ思い出を聞いた

そんなくすりと笑ってしまう苦味も

くぐり抜けてきただろう修羅場の苦味も

人となりに隠れてる気がした

今日の苦味は私たちの隠し味だ

いつか深みに変わるんだ

これが自分だっぺよ

先日ナレーション原稿を読む機会をいただき

録音を聴いてみた

    

痛感したのは

ああ  私はやっぱり福島人なんだなぁと、。

だって訛ってんだ(尻上がり↑)

   

総じていえば

スタンダードよりも

そうでない割合のほうが多い

  

どんなにスタンダード

今回で言えば標準語に馴染んでみても

染み込んでいる自分のベースは

変わらない

    

変えられないじゃなく

変わらないってことがいい

  

んだって

これが自分だっぺよ

あなたはめんどうくさい人

両手でむんずと胸ぐらを掴んで。。。

相手を責めながら号泣する夢をみた

   

それは誰かというと

とてもめんどうくさい人で(笑

  

繊細なのに鈍感で

鈍感なのに繊細で

理論で話すのに

とても傷つきやすい

  

そうじゃないね

傷つきやすいから

理路整然と話すんだ

     

98 のところを 100 と言ってしまったと

訂正せずにいられないほど

実直な人でもあって

ほんとに訂正の連絡をもらったときは

びっくりした(笑

       

きっと周りが気にならないところで

たくさんつまづいてきたんだと思う

      

精神的に自分を痛めつけるので

きっと自分はマゾだと言う

  

そんなこんなで

周りはけっこう振り回される(笑

  

ついに

胸ぐら掴む夢を見たから

怒りがたまっていたんだね(笑

  

それと同時に

泣きわめくほど

私の大切な人なんだと

思い知る